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カストリ雑記

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母親戦争part4:五稜郭の戦い

「行くも憂し 止まるもつらし」
京都見廻組新撰組を従えていた幕臣松平容保が詠んだ句の冒頭です。字面だけでこの句を引用したことを幕末志士ファンの方には謝ります。
私が持っている新撰組や幕末の騒乱に関する知識は「龍が如く 維新」くらいしかないですし、松平容保は「龍が如く 維新」には出てこないのですが、「最後の戦いの舞台が函館か。五稜郭か。」と思った時、ちょこっと幕末の男たちが発した言葉について調べました。

「行くも憂し 止まるもつらし」
これは別に箱館戦争に直接的に関連する言葉ではないのですが、私は函館に行く前にそのように思っていました。
「私、私を含め3人しかいない家族の2人に棘を刺してどうなるんだろう?でも、ここでガツンと言えなきゃ、このままずっと他人と自分を比べては辛くなるのかもしれない。」
もう、ここまで来たらやるしかない。
だって今年は26歳。両親が私を産んだのも26歳。そんなanniversary year!
今まで溜めていたフラストレーションを発散して、それで瓦解するようならわが家はそれまで。ただ、瓦解を恐れて何もしないのなら、それは私が親を信用しきれていないということでもある。わが家に不協和音がずっとなっていたのは、きっと調律がおかしいから。


父と、今までの家族と、これからの家族と、これからの私について、きちんと話をしてみたい。

松平容保の句、全文はこのようなものです。
「行くも憂し 止まるもつらし 如何にせん 君と父とを 思ふこころを」

君って多分「君主」という意味だとは思うのですが、幕末から150年経った若者は「父という役割も加味しつつ、1人の“キミ”として、体制を敷いていた人を見られないと、先々つらい。」とも解釈しました。君主なき現代において、君主であったり思想を刷り込む者とは、父や母という“ねぇ、君。”という立場にもなり得る“君”なのではないでしょうか。




さて、そんなこんなで父の箱館行きましたよ!


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夜景!



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千の風の人…?」と思いきやペリー!



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アジアンの隅田に似てる牛!



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TERU、呪われTERU!


「私、観光のために来たんじゃないから。」
と、前もって今回の函館遠征の趣旨は父に説明していたものの、


なんだかんだで観光したよねーー!!


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ウニやらイカやらホタテやら食べて
「うん。幸せな気分のまま帰りたい。」
って思った。

海の幸に脳をトロトロにさせられそうになりましたが、なんとか父にきちんと話をしました。

色々な話をしましたが、核となる部分であり、最も言いづらかったことはこちらです。

「私は“あなた方夫婦の間に産まれてさえいなければ”と思うことがあります。今まで育ててくれて今でもあなた方に生活を依存している私が、こんなこと言うのは、そして顔を見ながら言うのは、とてもつらい。“この家に産まれてさえいなければ”と思ってしまうんです。経済的に不自由もなく、勉強だってさせてもらえている。でも、そのように思ってしまうのは、母と、母の暴走を止められなかった父にあると考えています。母は知っての通り意固地で支配的で正論で人にまくし立てます。自分1人で何でもかんでもやろうとする姿勢は、真面目で責任感の強いあの姿勢は、自分のためにその姿勢を用いればいい結果を生みますが、他人のために用いった時きは失敗を生みます。私はね、血は繋がってるけど他人です。あなたとも、彼女(母)とも。彼女に声をかけてあげられなかったのは何故?彼女がコミュニケーションを取りやすいような環境を作れなかったのは何故?」
と。

父はこう言いました。
「いつかは謝罪しようと思っていた。責任の一切は自分にある。妻はやり繰りしてくれて、家に帰れば物分かりがよく、手のかからない、頭脳明晰な娘がいた。たしかに妻はちょっとおかしいと思う。今も昔も。でも全て妻のおかげだと、そして、空気の読める娘のおかげだと思って、母娘2人でどうにかなってくれるものだと甘えて仕事ばかりしていたよ。娘が手首を切るまで、その大人しさや聞き分けのよさが暴力に因るものだとは気付けなかった。」
と。

私はこう返しました。
「いや、全ての責任の一切があるわけではない。時代背景から考えて、父は金を稼ぎ母は家にいることが当たり前だったのだから。お互い生きていた時代が四半世紀違えば物事の見方や考え方も変わるでしょう。ただ、それでも愛している人だと思っている人に、なんで声をかけてあげられなかったの?愛している人が“ん?ちょっとおかしいな…”と思った時になんで意見出来なかったの?“ほっといてもどうにかなるだろう”っていう気持ちがあなたにとっての愛ならば、私にもそうして欲しかった。
“いつか謝罪しようと思っていた”の“いつか”っていつ?私が新しい家庭を築く時?あなたが死ぬ時?家族に失望し、ブッサイクでスペックも糞な私にその時が来るどうかなんてわからないじゃないですか。
私はあなた方から謝罪して欲しいです。
反省したようなポーズは要りません。
私は必ず大学を出たら定職に就き経済的に自立をします。約束します。
ただ、代わりに約束してください。

大学卒業までの支援は切らさないこと。そしえ、母とたくさん話をして欲しい。上っ面の機嫌を取るような話じゃないやつ。そして、母にこの先1人でもお友達を作れるように仕向けてあげて。

仕事することを勧めたり、他人と一緒にやる趣味を勧めたり、そういうことを年の近いあなたにやって欲しい。
私がやると煩がられるから。
私、このまま母がボケても優しく出来るかわからないから、せめてボケないように予防策を講じてください。」

と。

言いたいことが言えました。
「あなた方夫婦の間にさえ産まれていなければ」
これは本心です。何度も何度も思ってきたし、なかなか受け入れられなかったことです。
なんだかとてもスッキリしました。
初めて、反抗するべき人に対して反抗することが出来ました。

この後、帰京し函館で買ったカニを友人宅に置いて自宅に戻った時、様々な感情に脳天から足先まで貫かれたのですが、

それはまた次回!!