読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カストリ雑記

★twitterアカウントはこちらになります。@tkdtmm ★askはじめました。http://ask.fm/lechatblanc1123

母親戦争 part1:これは呪いを解く物語


19:2「あなたがたはいつまでわたしを悩まし、
言葉をもってわたしを打ち砕くのか。
19:3あなたがたはすでに十度もわたしをはずかしめ、わたしを悪くあしらってもなお恥じないのか。
19:4たといわたしが、まことにあやまったとしても、
そのあやまちは、わたし自身にとどまる。
19:5もしあなたがたが、まことにわたしに向かって高ぶり、わたしの恥を論じるならば、
19:6『神がわたしをしえたげ、
その網でわたしを囲まれたのだ』と知るべきだ。
19:7見よ、わたしが『暴虐』と叫んでも答えられず、助けを呼び求めても、さばきはない。

(旧約聖書 ヨブ記 第19章2〜7節)

ここ最近、私に大きな変化がありました。
“とにかく隣に男性が居て欲しい。1人で朝を迎えたくない。”という気持ちがなくなりました。

私はこの夏、大好きだった人には離れられましたが、彼を何故大好きだったのかを考えたら、都合のいいことばかり言わずに互いの思慮深さを問うような会話がたくさん出来たからでした。それだけに悲しかったのですが、過去に恋をした人には、どうしてもその人の顔色を伺うようなことを言ってばかりで、その人がいなくなった後は「身を削った割にはリターンがない!」と怒ってばかりでしたから、なんとなくスッキリしているのです。
私は「本当に大切にしたい人の顔色を伺ってばかりで、大切にしたい人に大切なことを言えていなかった」ということに気が付きました。
「何故、私はそれが言えないのだろう?何故、私は1番親密な人の前だけいい格好をするのだろう?」
その起源を考えてみたら、私は両親に自分の言葉で自分の本当の気持ちを伝えたことがないのだと気が付きました。
両親はとても支配的な人です。特に母はそうでした。
どれだけのことをされたのかは長くなりますし、ひかれそうなので省略します。例を挙げればきりがないので。子どもにとっての神さまは私の場合「暴虐」でした。

ヨブ記では、体中が腫れ物だらけになった主人公のヨブがお友達に「なんかこれおかしくね?」と相談するのですが、皆に「それ、お前の前世が悪いんじゃね?」「神からの試練じゃね?」「神の悪口言うなんて言語道断じゃね?」と答えられます。

私が親子関係について人に何か言ったところで「でも成績よかったじゃん」「私立のいいとこを中退すること許してくれたじゃん」「大学まで行かせてくれるじゃん」「お金くれるんだから、そんな人の悪口言うなよ」と答えられました。
それでも、私の腫れ物はひくことがありませんでした。
両親が結婚したのは23歳、私を産んだのは26歳。26歳の自分自身と自分の今の生活と、恨んでも恨みきれない親を比較してしまい、腫れ物は大きくなるばかりでした。

そして、この夏。
私は初めて親に向かって本当の気持ちを言いました。

発端は、私への仕送りの報告のメールでした。
「仕送り振込みました。あのさぁ、仕送りの額減らせない?お父さんのお給料減ったから、このままじゃビンボーな老後になっちゃうなぁ〜。」
このメールを受けて、私はカチーーーンときました。
今までなら「お金を払ってくれている人に、悪いこと言えないな。機嫌を損なってはいけないな。」と思い、ヘタなことを言いませんでしたが、ついに、ついに許せなくなりました。
私は親に嘘偽りを言って仕送りを多く請求したり、バイトもせず遊び歩いていたわけではありません。むしろ今までの職歴を生かして時給1400円というバイトにしては高給な職場で働けています。そのなかでやり繰りしていました。
中卒のフリーターだった私に都内で4年間も学費も生活費も賄える貯金はなく、両親に仕送りをもらっています。
そして中卒になった理由は精神を病んでしまったからです。

老後の心配?してたの?専業主婦だったあんたが?1度も世帯収入に貢献したことのないあんたが?「生い立ちが悲惨でね専業主婦に憧れて、夫も子供もどんなことをしてるか胸を張って言えるようになりたかった。だからあなたにはいい大学へ入り、いい就職をし、いい結婚をして欲しい。だから厳しくするのよ。」と泣きながら言ってたアンタを、友達のいないアンタを、家事以外に何のスキルも持たないアンタを可哀想に思ったこともあるし、でも理解出来る節もある。

それでも、

私には、あなたのご家庭がこさえた借金を払う理由は何一つないはず。私はあなたのために生きているのではない。自分と未来のために生きているのだ。
あなたを可哀想だと思ってしまうし、自分はまだ恵まれているのだと自分でも思うし、他人にもそう言われていたから、ずっと不満を口に出せないでいた。
でも、もうこれで終わりにしよう。
私はあなたを、もう捨てましょう。
その覚悟を決めて、それを果たした後受け入れてくれるのが親子の愛だと思う。そこの受け入れてくれたことを感謝することが子から親への愛だと思う。
とっても小さな世界の絶対的な神さまだった「親」に本当の気持ちを言えなかった私は、広い世界で見付けた「この人を信じよう!」と思えた人にも本当の気持ちを言えなかった。服は脱げても心まで脱ぐことが出来なかった。
もう、こんなことはやめよう。変わりたい。
よし、やろう。

そして、私は青筋を立てながら母が住む実家に片道80分かけて乗り込んだのだった。



次回、母親戦争part2:怒りのデスロード編に続く。