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カストリ雑記

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思春期と青年期の間の“季節”

『大人は知らないふりが上手で、わかっているふりが下手。』(たかだ24歳の持論)

初めてタバコを吸った日、初めてお酒を飲んだ日、初めて体を重ねた日に、何か大人になったような気がしました。
あの日の背伸びして見た景色は、背伸びをして見たものだけに不安定で、何も変わっちゃいないはずなのに心のフィルターを透して鮮やかに見えたものでした。
いつかは見られる景色だというのに、待てなくて。『これはマズイぞ』と知りながら青い果実を齧るような真似ばかりしてきました。
『人生の機微に触れる』ということが、正確にどういったことを指すのかわかりませんが(そもそも『機微』という言葉は正確性を持たないような気がする)、私の成長を支えたものは、良くも悪くも“背伸び”をして指先で触れた人生や心情の機微。
冒頭の言葉を導けたのも、そのおかげです。
初めてヒールのついた靴を履いた日に見た景色、あなたは覚えていますか?
もし思い出せなくて、自分の目の高さ+5cmの景色が当たり前になっているとしたら『言の葉の庭』を観た方がいいと思います。
アニメーションの美しさが話題になっているそうですが、私アニメーション技術わからないので、『うん、きれい。』としか思いませんでした。
大人になって『知らないふりが上手になって、目の高さだけ無理やり高くしている女性』がいたとしたら、観て欲しい…というか、味わって欲しいストーリーだな と思いました。
大人になるにつれて、何かを残そうという本能からか、私たちは『他人の生き方に触れて、自分が変わること』よりも『自分の生き方を固めて、自分の生き方を通すこと』に快感を感じるようになったと思います。(意図してないのに“性器”に通ずることを言ってしまった!)


『大人は知らないふりが上手で、わかっているふりが下手。』と言いましたが、
『子供は知っているふりすら下手で、わかっているふりも下手』
決して相反する存在ではない。
『知らないふりが出来る』ということだけが差です。嘘や隠し事が上手になることが大人になることです。私に言わせりゃ。
自分の目の高さに嘘を吐くような、座高の高さを隠すような靴を脱ぎ捨てて、もう一度裸足に戻りませんか?その後、もう一度大人になる儀式としてヒールを履きたくなる映画です。
ぜひぜひ〜