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カストリ雑記

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初対面の方に出会って2分でちんぽを出した

今、大学3年で就活という大きな山を目の前にしている。

しかし、私は極度の上がり症で、ノンアルコールで対面で人と話すと相手が知っている人であろうがなかろうが、体が震え、時に過呼吸を起こす。こんな状態で就活を乗り切れるだろうか。仕事が出来るのだろうか。

 

私は社会と繋がっていられるのだろうか。

 

昨日初めて、OB訪問をした。

OB訪問を受ける人は一体何が楽しくて、面白いかつまらないか好きか嫌いかもわからない人のために時間を割きコーヒーまでご馳走するのだろう と思っている。マゾかと。

ただ「OB訪問はたくさんした方がいい」と勧められたがために、とりあえずやってみようと目に留まった方にオファーをした。

すると、

「OB訪問受ける代わりに、頼みごとなのですが、たかださんがオススメする一冊をください」

と、目的を伝えてくれた。目的があるとこちらも心が楽だ。そしてなにより、オススメしたい一冊がある。

 

『夫のちんぽが入らない』

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である。

リクルートスーツを着た正体不明の女が突然ちんぽを出してきた」というのはいいネタだと思う。それだけでも忙しい中時間を割いてコーヒー代を持っただけの価値が生まれるのではないか。ちんぽを挟んだwin-win関係だ。

1/18発売で新鮮。ちんぽが入ったタイトルにも関わらずヒットしている。そして何より面白かった。

「よし、ここはいっちょ『ちんぽ』を出そう」

 あえてカバーは断った。外でも読みやすいように配慮した方が良しとされるかもしれない。しかし、タイトルに「ちんぽ」を入れた制作側の覚悟に皮をかぶせるのはいかがなものか。

「よし、ズル剥けの『ちんぽ』で行こう」

 

スーツを着て、就活用カバンに『ちんぽ』を入れ、上がり症を防ぐ薬を飲み込み、待ち合わせ場所へ向かった。

 

 

 

 

『夫のちんぽが入らない』は、「セックス、どれくらいしてるの?」「子どもは?」という、暴力的に降り注ぐ「普通」と、普通のことが普通に出来ない夫婦を描いた私小説だ。

 

体を繋ごうとジョンソンベビーオイルを夫のちんぽに塗ったこだまさんと、社会と繋がろうと人と繋がろうと上がり症を防ぐ薬を飲む自分が重なった。

こだまさんは夫と体を繋ぐことを悩みに悩んで諦める決断をした。

私は社会と繋がっていたいから「普通」の権化のようなラッピングを自分に施し、薬を飲み、人に会いに行く。これは私の決断だ。

 

普通の人は特に悩まなくてもコーヒーを飲むことができる。私はそれができない。でも、私はこだまさんとは違って諦めることはしない。ジョンソンベビーオイルを塗り続ける。

 

『ちんぽ』は人生の指南書ではないし、夫婦愛の素晴らしさを語るものや、「普通」は人によって暴力になりますよということを示唆する内容でもない。「夫のちんぽが入らない」人の人生の話だ。シンプルだか緻密で奥行きのある作品だ。

 

今後もしばらくはオススメの一冊を問われたら『ちんぽ』を出そうと思う。ぼろん と。

 

 

 

 

農家カレンダー欲しい

バンドマンとかアイドルとかあんまり興味ないけど、働くイケメンを見るのは好きだから、月々いくら払うとイケメン農家の農作業風景の写真と野菜や果物が送られてくるサービスがあったら利用したいと思っています。


以前、生産者の顔写真がついてる野菜を「生産者の顔が好みかどうか」で選んで買って食べたことがあります。その生産者の方の名前でググったところ、みなさんご結婚されていたので「なんだよ、農家の嫁不足って嘘かよ!嫁不足って言ってるやつ、農家のせいじゃない他の要素のせいだよ!」って思いました。


まあ、それはさておいて、大森南朋さんがCMに出演している「ふるさと納税」の返礼品競争の苛烈化が問題視されているそうですね。
世間では「遊んではいけない3B」として「美容師・バンドマン・バーテンダー」が挙げられますが、いずれも「働いてるところがみられるからかっこいい」んですよ。
ですから、農家の方には「月々いくら支払えば、農家チェキと野菜or果物が毎月届く。年末にはカレンダーが届く」みたいなサービスをはじめて欲しい。
「おっ!◯月は、この作業の季節かぁ。お手伝い行こうかな」
ってなるかもしれないし。
農家カレンダー欲しい。水不足、解消しそう。私の?

愛とは貴女のためだとか言ったら

実家に3日ほど帰っていた。

 

実家は埼玉県にある。埼玉県に足を踏み入れたのは3か月ぶりだ。

最後に埼玉県に行った用事は、THE YELLOW MONKEYさいたまスーパーアリーナ公演だった。

 

埼玉県ってのは、車がないとどうにもこうにも動きづらいところで、どこかにお買い物に行く時も、私の塾の送り迎えも、外食に行く時も、だいたい車で移動していた。

そこで流れていた曲は

hide with spread beaver

・L'Arc〜en〜Ciel

GLAY

THE YELLOW MONKEY

Dreams Come True

槇原敬之

宇多田ヒカル

だった。

 

「英語が苦手な、華やかな世界を夢見る道産子たち(我が家は代々北海道の人々)の成れの果て」

という感じですね!

私は小学生の頃から黒夢が好きなんだけど、黒夢は車内BGMとして却下された。

 

 

実家に帰っている最中『情熱大陸』でイエモンがクローズアップされた。

 

母が久しぶりに声を張った。

イエモンあるよーー!!」

と。

 

京都福寿園のお茶が沸いたのかと思った。

 

もそもそ布団から出たのですが、そこにお茶はなく、葉加瀬太郎吉井和哉がいました。

 

実家には煙突がないのだけれど、私が15の時までサンタクロースが来ていた。

最後のサンタさんは、イエモンの3枚組ベストを枕元に置いてくれた。

15歳の時、私は引きこもりがちで、夕方起きだしてフラ〜ッとリビングに出てきた時、たまたまイエモンのベストアルバムのCMが流れていて

「これ、欲しい」

って言ったのを覚えている。

それをサンタさんは聞いていたようだ。

 

イエモンのMOTHERS BESTを最後のサンタさんは置いていった。母と二人暮らしを始めた時だった。

 

その後、私は新しいことに挑戦しようだとか、それに纏わるアレコレをこなそうだとか、なにか一歩踏み出そうとする度に「プライマル。」を聴いていた。

「卒業おめでとう」

何かを始めるときは、何かと別れなければならない。学校に行かないということは、卒業式も入学式も常に自分のタイミングで決めなければならない。新しいことに挑戦するためには卒業をしなければならない。私にとって「仰げば尊し」「蛍の光」より「プライマル。」の方が卒業ソングとして馴染みが深い。

 

MOTHERS BESTは中学3年の時に発売されたような。

15歳でエリート街道と称される道をドロップアウトしたけれど、「バラ色の日々」より「プライマル。」を聴いた回数の方が多い。

 

最後に埼玉県に足を踏み入れた時、開演時刻きっかりに前奏が流れ、何万もの人がステージにヘソを向けて、今までの自分自身の歴史にあった上がり目と下がり目のモヤモヤを眺めていた。ような気がする。

 

情熱大陸』の放映が終わり、母はこう言った。

「50だからカッコイイんじゃないよね。そもそもがカッコイイんであってさ。昔から特集しろよ!“50過ぎても頑張るからカッコイイ”みたいな特集のされかたおかしいよ。カッコイイのに年齢が関係あるみたいなクローズアップの仕方おかしい!めちゃくちゃカッコイイから、アンタへの最後のクリスマスプレゼント、イエモンにしたもん。アンタも欲しいって言ったし」

 

 

サンタクロースって親だったんですね!!!!!

 

知ってた。

ありがとう。

 

新しいことを始めよう と思った時、『プライマル。』を聴いたあと、必ずこの曲を聴く。

 

「頭の中で絶望の花が咲き乱れても 新しい何かが俺の中で目覚める 獣のように」

 

これから就活が控えている。

カッコイイ28歳でいたい。「オバサンに片足突っ込んでるような人が頑張ってる」だから面白い じゃなくて、「あなたが面白い」って言われるようになりたい。ね。

PS VRやってきた!

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電車の中吊り広告で

「ライバルは1964年」

というACの広告をよく見かける。

2020年東京オリンピックより先に1964年東京オリンピックに勝ったのはPS VRなんだろう。

 

1964年にテレビがある家に人々が集まったように、2016年の私たちはPS VRがある家に集まった。ゲームを普段からやるやらないに関わらず、「見たい!」という一心で集まった。なんとも牧歌的だ。先進技術なんだろうけど、なんかすごく牧歌的だ。『ALWAYS -三丁目の夕日- 3D』が公開された時、「え?!それ3Dでやる意味あるー??!!」とツッコンだものだが、『ALWAYS -三丁目の夕日- 4DX』が今を生きている私たちは体験出来る。や、自分自身が『ALWAYS 三丁目の夕日』の登場人物になれる。4DXで。

 

「うち、白いポメラニアン(またはティーカッププードルスコティッシュフォールドマンチカン)いるけど見ていかない?」という文言より「うち、VRあるけど、どう?」が勝率の高いワンチャンGET文句になるかもしれない。そこで連れ込めたら、初っ端から目隠しも出来るし…。ワンちゃんやニャンニャンより、VRがお家にいた方がワンチャンありそうだしにゃんにゃん出来る気がする。

 

PS VRをやる前にHTC Viveは体験済みだった。

なので、VRは初めてではなかった。

その時も先日のPS VRの時も思ったのだけれど、率直に言うと「スゴイ!」とは思ったけれどのめり込むまでにはいかなかった。

ビルの上に立つやつも普通に足踏み外して遊んでたし。

 

例えば、話題になってる『KITCHEN』。

あれは全然怖くなかったな。本当に申し訳ないほど無反応にサラッと観られた。

グロいものって度を超すとなんとも感じなくなるというか、私は自分の腕を刺して黄色の脂肪やドクドク流れる血を見た経験や、大量にピアッシングした経験や、Ogrishでグロ画像ずっと見てた経験があるからか特に何も思わなかった。飼育委員の委員長だった時に飼育小屋に穴開けられて子ウサギが盗まれて、何日か後に首を斬られた子ウサギが飼育小屋に飾られてたのを見たりとかしてるんで、「現実の方が怖い」と思ってしまうから、VRで観ても「あー、はいはい」と流せた。

VRを楽しむにも共感する能力とか好奇心とかが必要だな と思った。

 

来年1月にはOculus Rift、HTC Viveからアダルトゲームが出るらしい。「VRの悦びも知りやがって」るし「性の悦びも知りやがって」る人はどれだけハマれるんだろう?

 

今のところ、PS VRのよさは「人を集めるパワー」にあると思っている。

1964年のテレビのような。

これからテレビのようにスタンダードになるのかな?VR。

中高一貫校を中退した私はこう思う

「大学を4か月で中退した。起業したいと思う」という記事、ちょっと見過ごせなかったので書いてみる。


私のTwitterのTLには「はてな民」とかいうテキスト戦闘民族が多く、昨日からこの話題がちらほら浮上してきます。

「偏差値70の、日本の私立女子校界のハイブランドを捨て、中卒として平成の世を10年もの期間に渡り東奔西走したたかだが何を思うか」

を問われれば、「あなたは辞めない方が自分のブランド力を高められるんじゃない?」と思った。

1.成功している人は他人の分までレールを敷ける人

2.「嫌になる」と「挫折」は違う。敗北感からの立ち上がりがドラマになるし、辞めるんだったら紐なしバンジーをするつもりでやりなさい。紐なしバンジーして両足折ってみればいい。落ちるのは簡単だよ。そこからリハビリして、はじめて「いいお友達」ができるよ。自分1人じゃなんにも出来ないし、面白いことするには必ず共犯者が必要で、その役割をきちんとふれる人や、発注先を知らないと何にも出来ないんじゃないのかな。「自分は自己選択が出来る人だ」というのは思い過ごしだよ。そのプライドを捨てて、自分を再建するのって、メッチャクチャ時間がかかるよ。

3.貫禄、凄み、重さ、深さの作り方は、たしかに学校では教えてくれない。適当な学校ドロップアウトして社長を名乗るのなら筋トレするか、もしくは「ピンとキリ」のどちらの世界にも身を投じた方がいい。学校を辞めるだけでは身につかない。最高&最低のどちらの世界も見ておかないと、半径85cmくらいのことしかカバー出来ない。最高な社会と最低な社会のどちらも味わわないとneedsとwantsの違いもわからないし、freeとlibertyの違いにも敏感になれないと思う。ま、私なんて無職みたいなもんだから偉そうなことあんまり言えないけど。
肩書きを脱ぐということは、肩書きで話を聞いてもらってた部分を自分の力でカバーしていかなければいけないし、そのためにはドラマを自分で作らないと。名古屋うんたら大ってどこかわからないから落差とかよくわからん。高校卒業したら大半の人が働いているし、高卒の自営業もたくさんいるなかで自分が特別だという意識を持てる根拠はどこなの?自分が衆目を集める根拠って何があるの?…と思ってしまう。ピンキリのピンに身を投じてみて欲しい。借金しようぜ!

4.レールの上に乗っているヤツは、ゴジラをも窮地に追い込める。

5.レールの存在は中卒でも感じる。レールは進路のことではなくて、自分の「興味」の棲むところにいつまでも鎮座している。山手線だってレールの上を走っている。レールはシベリア鉄道のように自分をどこか遠くへ歩ませるものではない。人間1人に敷かれたレールはいつまでも同じルートをグルグルと回っているものなんだろう。

6.人は1つの肩書きによって語られない。色んな肩書きを同時並行させて、視点をその時々によって移動させてみたらいいと思う。だから辞めなくてよくない?

学校なんてどうでもいいと思っているので、好きにやればいいと思っています。
ただ、学校を辞めるということは誰も守ってくれなくなるし「最低の世界」を眺めることと隣り合わせにもなります。大学中退と中卒じゃ隔たりもあるだろうから一概に同じとは言えないけれど、同程度の人が集まるコミュニティから抜けた以上はピンもキリも味わってみたらいいと思うんだなぁ。

1度深く膝を曲げる行為を躊躇わずに出来るのであれば、まぁいいんじゃないかな。